『遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス』 (新潮文庫) (藤原正彦)

遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス (新潮文庫)

遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス (新潮文庫)

局所大域原理 - Wikipedia
代数方程式のHasse Principleについて
Ramanujanの数学
Roger Heath-Brown - Wikipedia

ルースの天才に疑いを挟む者はいないが、今の勢いのまま成長し、一流数学者の域まで達するかは、決して明らかではない。十歳程度で大学で入ったり、十八歳位で博士号を取ったり、という神童はこれまでにも何人かいて、その度に新聞、テレビ等で騒がれたが、その後彼等が大成したという報道は、一度も聞いたことがない。

そんなことはない。反例↓

ノーバート・ウィーナー - Wikipedia
チャールズ・フェファーマン - Wikipedia

Don Zagier - Wikipedia
Barry Simon - Wikipedia

ピエール・ルネ・ドリーニュ - Wikipedia

スティーブン・ウルフラム - Wikipedia

テレンス・タオ - Wikipedia

河東泰之 - Wikipedia

望月新一 - Wikipedia

ジュリアン・シュウィンガー - Wikipedia

ジュリアン・シュウィンガーは、真の天才児だった。当時のニューヨークの名門校、タウンゼント・ハリス高校に通い1932年、なんと若干十四歳でディラックの講義を聴いて、場の量子論に興味をもった。十五歳でニューヨーク市立大学に学部生として入学が許可され、すぐにニューヨークのコロンビア大学で博士課程まで進んでいた研究生たちと論文を書き始めた。名声はすぐに広がり、ハンス・ベーテは十七歳のシュウィンガーのことをこう書いてほめちぎった。

「彼の量子電磁力学の知識は間違いなく私のものと同等で、どうやって二年以内に、ほとんど独学でその知識を身につけたのか、まったく理解を超えている。」

「シュウィンガーはすでに物理学の90%を知っている。残りの10%を身につけるには、数日しかかからないだろう。」

(『ヒッグス粒子を追え』(フランク・クローズ))

[1709.00711] Reminiscences of Julian Schwinger: Late Harvard, Early UCLA Years (1968-1981)
[1807.10814v1] Julian Schwinger--Recollections from many decades


キム・フィルビー - Wikipedia
ベイカーの諸々の話(p.222)

天才少年が米プリンストン大博士課程へ 将来は数学の教授に2006年9月19日
 天才や神童と呼ばれる者たちが、どの程度の率で出現するのかは不明だが、米フロリダ州のアリー・イスラエル君(18)も、その天才と呼ばれる一人だ。子どものころは学校へは行かず、自宅学習で数学で卓越した能力を発揮した。8月にはフロリダ州にある大学で修士号を取得し、9月には、米ニュージャージー州の名門私大プリンストン大学の博士課程に進学する。近い将来、同大の数学の教授になるだろうともいわれている。(苅田保) 
 
 米サウス・フロリダ・サンセンティネルによると、イスラエル君は、ニュージャージー州で生まれ、その後フロリダ州南東部のボカラトンに移った。父親はコンピューター・プログラマー。米国で認められている自宅学習を選択し、姉のレイチェルさんとともに学校には通っていない。 
 
 数学とサイエンスを父親が教え、母親が英語と歴史を教えた。イスラエル君は数学に関心を示し、子どものころから数学の教科書などを愛読してきた。13歳の時に、高校の微積分を修了し、その後は、マサチューセッツ工科大学(MIT)のオンライン講座で、数学の勉強を続けた。 
 
 しかし、このころになると、数学も相当高度になった。ベクトル解析の教科書を読むだけでは、限界を感じるようになった。教師が必要だと思うようになった。 
 
 2003年の春、14歳の時に、フロリダ州ボカラトンにあるフロリダ・アトランティック大学(1964年創立、公立校)の数学の授業に特別参加するようになった。 
 
▼教授ら感嘆 
 
 彼の才能は、すぐに数学の教授の目に留まった。彼の能力は4年生大学の学生の水準を遥かに超えていた。ヨーラム・サギール教授は、イスラエル君を修士課程で学ばせる決意をした。問題は、イスラエル君が、高校も卒業していないこと、また修士課程に進む前提である4年制大学卒の学士号も取得していないことだった。 
 
 同教授は、数学に特殊な才能を持つイスラエル君が、入学の資格要件でふるい落とされるのをなんとか回避したかった。学長にも面会し、この少年は10年後には、プリンストン大学の数学の教授になる男だと売り込んだ。 
 
 さらに、同教授の長年の友人であるプリンストン大学のチャールズ・フェファーマン教授(57)に、イスラエル君の推薦状を書いてもらうことにした。フェファーマン教授は実際に、イスラエル君の問題解析能力をテストした。その結果、プリンストン大の大学院生と同等の能力があると判断した。 
 
 フェファーマン教授もかつては神童と呼ばれ、20歳でプリンストン大学で博士号を取得した。22歳で同大の数学の教授になっている。28歳の時、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞している。 
 
 フロリダ・アトランティック大学は特例として修士課程への進学を認めた。大学では、授業の助手としても働いた。18回目の誕生日の8月、数学で修士号を取得した。同大学開校以来、もっとも年少の修士誕生とみられている。イスラエル君は、「自分が人より、優れているなどと思ったこともない。ただ学びたいだけだ」と謙虚に語っている 

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[1011.0689] A Bounded Linear Extension Operator for $L^{2,p}(\R^2)$

天才児の間違った扱い方 - WSJ